コラム:ロシア便り: 2008年6月
014:モスクワのうどん屋さん
海外で長く生活すると、日本食が恋しくなる。
モスクワでの日本食ブームについては、すでにこのコラムでも紹介されているが、モスクワの日本人社会で今もっとも人気を集めている外食店のひとつが「うどん屋さん」(http://udonyasan.ru/)。
約1年前、2007年7月にオープンした。気軽にいつでも立ち寄れるファーストフードのレストランである。
この「うどん屋さん」、実は経営者は日本人である。
そのため、店内の雰囲気、清潔感、サービス、スピード、料金など、どれをとっても日本のそれに近い。

うどん屋さん」の店内
カウンターで注文できる
店に入ると威勢のよい「ズドラーストヴィチェ(こんにちは)!」の挨拶。
醤油の懐かしくて香ばしいにおいが店内に満ちている。
それほど広くない店内は常に賑わい、日本のポップソングが流れている。
さらに、富裕層の人気を集め、ロシア語にもなっている「ボンサイ」が置かれ、「日本情緒」的なものをかもし出してはいるが、店内全体の雰囲気は「奇妙に作られた異国情緒」というよりむしろ「現代日本のファミレス風」。
メニューは、うどんと丼ものを中心に12種類。おにぎり、サラダ、味噌汁などがついたセットメニュー「コンビランチ」もある。
セットメニューの料金は、日本円にして約800~1200円程度。
注文はカウンターで。席につくとまもなく、店員が料理を持ってやってくる。この間、5分とかからない。
テイクアウトも可能。モスクワでは通常、テイクアウトにすると梱包料金が別にかかり割高になるが、「うどん屋さん」ではテイクアウトでも料金は変わらない。
店舗は中心部のビジネス街に位置し、昼時になるとスーツを着込んだビジネスマンたちで賑わう。
お茶はお替り自由。店員に頼めばすぐに持ってきてくれる。
店内を出る際には、「ありがとうございました!またのご来店を!」の掛け声が見送ってくれる。
・・・と、ここまで書くと、ロシアのレストランに入ったことのない方には、いったい何が特別なのか理解不能かも知れない。
実は、ロシアの飲食業のサービスレベルは、驚くほど低い。
あの「マクドナルド」でさえ、挨拶のひとつも、笑顔のひとつもないことはざらである。
カウンターで注文するためには、長蛇の列に並ぶ羽目になる。テーブルで注文する際には「店員さん!お願いします!」と何度か声をかけなければ、店員はやって来ない。ようやくやってきた店員は無愛想で、注文すると「今日それはありません」と断られることも。
注文後、15分で料理が出てくる。こればずいぶん早いほうで、時には30分以上待つこともざらである。
さらに値段が恐ろしく高い。
普通のレストランでの一回の食事にかかる平均価格は一人あたり、レストランで5,000~10,000円。昼時のセットメニューとして、比較的割安に設定されている「ビジネス・ランチ」であっても1,200~1,800円程度が相場である。
レストラン・ホテル連盟会長のイーゴリ・ブハーロフによれば、モスクワの外食市場は年間25%の成長を遂げているが、30ドルを下回る「民主的」といえるようなレストランはモスクワにはほとんど存在しない。
さらに、食の安全性に関しても大いに疑問符がつく。

「コンビランチ」のぶっかけうどんセット
このような外食産業の状況下、日本のサービスに準じた「うどん屋さん」は、モスクワの飲食店の中で異色の存在なのである。
そこで、「うどん屋さん」の経営者である坂東直樹氏に、「うどん屋さん」1号店の店内でいろいろお話を伺ってみた。
Q.「うどん屋さん」起業の動機は?なぜモスクワなんですか?
A.一言で言って金持ちになりたかったんです(笑)
僕にはもともと飲食業の経験しかないんですが、日本の飲食業はレベルが高くて、競争率が激しいでしょう。それで海外に目を向けた。
中国、台湾、韓国、どこも飲食業のレベルは高いんです。そこでヨーロッパへ。
たまたまロシアに知人がいまして。とはいっても、僕はモスクワがどこにあるかさえ、よく知らなかったんですがね・・・(笑)
モスクワはヨーロッパで一番の人口を抱えた都市なんです。それに加えて近年の日本食ブーム。
Q.モスクワでは確かに日本食が人気です。しかし、多くが寿司をメインに、焼き物などを出していますね。うどんがいけるという確信はありましたか?事前調査などなさったのでしょうか?
A.はっきり言って、ダメだろうといわれました(笑)。だってうどんはロシア人にしてみれば「スープ」でしょう。それなのにメインは「麺」。こんな食べ物、ロシアにはありませんからね。
Q.しかし、大いに人気があるように見受けられます。客層はどのような感じでしょうか?
A.日本人向けの店と思われがちですが、日本のお客様は全体の5%未満で後の95%はロシア人ですね。
ランチ需要とディナーの需要は、あまりはっきりと分かれていないような気がします。男女比率は6:4程度ですね。日本と同じで、ファミリー需要は土日がメインです。
でもこれだけ値段を抑えていても、ウズベク人やキルギス人などの中央アジアからの出稼ぎの人たちはほとんど来ません。
モスクワのレストラン利用率は約2割といわれています。しかし、マーケットとしては今後さらに拡大する可能性はありますが、インフレによる人件費・原価上昇、不動産投機による家賃増、税制の見直し等、まだまだ問題が山積しているように思います。
Q.「うどん屋さん」自身は急成長していますね。店舗の拡大について教えてください。
A.たしかによく儲かってはいますよ。1号店がここ、直営店ノヴォスラヴォツカヤで2007年7月のオープンです。2号店が直営店ヒムキ(モスクワ北西部の隣接市)で、同年12月にオープン。3つ目が加盟店オクチャブリスコエ・ポーレ(モスクワ市内北西部)で2008年5月です。4号店がシェレメチボ(国際空港、ヒムキ市内)で今月オープンを予定しています。その次が、マリーノ(モスクワ市内南東部)で8月。6番目は9月にアルバート通り(モスクワ中心部の繁華街)を予定しています。
5年間で100店舗出店のギャランティー契約を結びました。日本ではありえない契約内容ですが・・・。

「うどん屋さん」では
日本のビールも飲める
Q.それだけ拡大してくると、偽「うどん屋さん」も出現してくるでしょうね?(笑)
A.そのほうがいいですよ。マーケットが拡大して、メリットのほうが大きい。
Q.現在のレベルのサービスの維持などは難しくなるのではないでしょうか?
A.店員の教育しだいですね。「ニェ・マグー(私にはできません)」をどれだけ減らせるか。トレーニングマニュアルの充実と基準の統一が第一。更に、機材の導入などによって店員の作業を軽減して、お客へのサービスを増やす。今のところ、12種類のメニューしかおいていませんが、これはお客と向き合うのにちょうどいいんです。
Q.ロシア人と一緒に働くことに関しては?うどん屋さんの店員さんたちは、在モスクワの中央アジア出身者が多いように見受けますが。
A.いやいや、ご存知でしょう。疲れます・・・(笑)。特に僕は日本人としか働いたことがないから、比較のしようがないしね。
それにしても、例えば、しつけ、行動を教育することは可能なんです。子供に「歯を磨かなきゃいけません」というように。しかし、なぜそれをしなければならないのか、なぜ歯を磨かなければならないのかをなかなか理解してくれない。なにかトラブルが発生しても、リカバリーすることが難しいんです。
Q.「うどん屋さん」は、モスクワの日本人社会の中で集結点的な存在になりつつあると思うのですが?
A.質問の答えになっていないのですが、モスクワでマイノリティとして働いていて思うことは、日本人が「安全に、安全に」やっているということです。
Q.日本人にとってモスクワが働きにくいということですか?
A.違います。日本人は欧米社会の中にあっても、ある程度の地位を持っているでしょう?
60年代、70年代の高度成長期のころの日本人にはもっと開拓精神みたいなものがあったと思うんです。なにもわからないけど、とにかくアメリカへ行ってみる。そこで一か八かやってやる、みたいなね。
そこへくると今のモスクワの中国人はバイタリティにあふれていると思います。彼らはイズマイロヴォなんかで、独自のコミュニティをつくって、中国語の新聞を出したりしてるでしょう?
日本の企業の場合は、どうしても規則とルールと日本の常識の中で商売するしかないので、どうしても限界点が低い(現地に溶け込めていない)と思います。現地に溶け込めないという事は、全ての意味において競合他社から一歩スピードが遅れてしまいます。モスクワのメインストリートでも、中国・韓国系の大きな看板が目立っています。
弊社の場合、バックボーンもなく完全な現地法人としてやっているので、必死で食らいついていくしかないですからね。
Q.ありがとうございました。最後に、坂東さんの今後の計画について教えてください。
A.僕は長期的にプランを立てるのが苦手で・・・(笑)。60歳になったらどうするとか、考えられないですね。
とりあえず40歳までに日本に帰る!あるいは5億円資産を貯める!そしたら明日にでも帰りますね(苦笑)
この坂東さん、実はコラム筆者と同じ1979年生まれである。
若い。そしてロシアについて、言葉も文化もほとんど知らないまま、モスクワに飛び込んできた。
しかし「うどん屋さん」は、「神秘的」であり同時に「ハイテク」な日本文化を夢想するモスクワっ子の需要に見事に応えている。
それには、日本人経営者の側の、モスクワの外食産業についてよく研究する努力、「一か八か」で飛び込んだ現地モスクワでの気質を良くも悪くも生のまま吸収しようとする柔軟さ、に支えられているのであろう。
そのバイタリティは、坂東氏の歯に衣着せぬ物言いにも現れているように感じた。元気な日本の企業が、目覚しい発展を遂げていく野心的なロシア・モスクワでたくましく成長していく様子は快い。
同様の企業の、今後の健全な発展を願わずにはいられない。
013:ロシアの菜園「ダーチャ」

ソ連時代から残るダーチャ
6月に入り、ロシアでも「夏」が到来した。
夏のロシア中央部では夜9時を過ぎても明るく、この長い日照時間のおかげで、緑が生い茂り、街中が新しい生命力に満ちている。
夏が到来するや、週末ごとに多くのロシア人が足しげく通いだすのが「ダーチャ」、ロシア式の別荘、より正しくは菜園である。
ロミール社のデータによれば、驚くべきことにロシア市民の58%がダーチャを所有しているという。
週末を郊外の菜園で過ごすなんて、のんびりしたロシアならでは、さぞや楽しいことだろうと想像してしまうが、実はこの「ダーチャ」、多くのロシア人にとっては未だに生活の支えだったりするのである。

菜園のひとコマ
まず、ダーチャの歴史を簡単にご紹介しておきたい。
「ダーチャ」の語源は「与える」という意味の動詞「ダーチ」に由来すると言われ、本来はロシア皇帝「ツァーリ」が貴族に下賜する郊外の住宅を意味した。これらは18世紀末から19世紀に普及したものであり、休暇施設としてのダーチャの歴史は、なかなかに古いのである。
しかし、現在のダーチャの形態が主流となったのは、ソ連時代、1950年代末から60年代である。

富裕層が建設中のダーチャ
当時はロシア各地で都市化が進み、1959年には人口の過半数が都市生活者となった。このころ、郊外に集団菜園を設け、それを区画に仕切って、労働者に格安で提供する制度が設けられた。購入者はこれらの土地に自らの手で小さな小屋を建て、菜園を作ったのである。
したがってダーチャの多くには、ガス、水道設備がなく、暖房もない。
90年代の経済危機の際には、ダーチャでの収穫が大衆の生活を救ったといわれる。

「どこで快適に休息する?」
しかしながら、先にあげたデータによれば、現在でもダーチャ所有者の3分の2がダーチャの収穫に生活の糧を頼っているという。夏の食卓に新鮮な野菜や果物で彩りを添えるために、すなわち余暇として菜園を所有しているのは全体の20%に過ぎない。
経済状況の好転が著しい現在では、ダーチャを離れる人も多くなってきている。

ダーチャ用品を売っている週末の市場
さらに、2005年にはダーチャに関する法律が施行された。これは、それまでは法的に所有者が定められていなかったダーチャを個人所有物として登録することを規定する法律であり、極めて煩雑な手続きを要するものである。この法律もロシア人のダーチャ離れを促進していると言われている。
富裕層の中は、自ら土地を耕すよりも、自然の中でのんびりと時間を過ごすことを求める人も多く、これらの需要に応えるために、コテージ型の休暇クラブなどの建設が著しい。

まれにダーチャに出現する
ハリネズミ
また、モスクワ郊外には、富裕層の建てた大型のダーチャも立ち並び、これはもはや菜園と言うよりも、日本で言う別荘、郊外の別邸の感覚に近いだろう。
それでもやはり、多くのロシア人が土地を耕すことを愛するのは事実で、ダーチャの季節にはダーチャ用品を扱う市場が多くの人で賑わう。
自然の中で生活することを好むロシア人にとって、ダーチャで過ごす時間はやはり特別なのである。