コラム:ロシア便り: 2008年7月
015:クレムリンの中の「サムライ」
5月23日から7月16日まで、モスクワのクレムリン内にて「サムライ:日本武士階級の至宝展」が開催中である。
この「サムライ展」はモスクワ市内では大々的に宣伝され、大看板が市内の至るところに設置されている。ニュースでもしばしば話題に取り上げられていて、去る6月30日には日本で開催のサミットに先駆ける形でメドヴェージェフ大統領も訪問した。

「サムライ展」の大看板
実はこの展覧会、4年がかりの準備を経て、初めてモスクワで開催されたものである。
今回はそんな「うわさの展覧会」に足を運んでみた。
展示品は全部で70点余り、十世紀から二十世紀初頭までと幅広い時代を網羅しており、すべて上野の東京国立博物館の所蔵品だ。
数こそ多いとはいえないが、国宝の刀剣類も含まれ、精選された質の高い展示品であることが一目でわかる。
クレムリンの入場チェックを受けてすぐ、総主教宮殿の建物の一部に「サムライ」の看板が。早速足を向けてみる。
中に入ってみると・・・意外に小さい。
最初にぱっと目を引くのは、能衣装と能面の数々だ。そのほかに、印籠、十二世紀に中国で作られた後で大名に献上されたという茶道具、小袖や打掛などなどが収められている。
そのほかに、能面の製造過程などを写したビデオが常時上映されており、これも興味深い。
ロシアの博物館ではガイドがついて、彼らが詳細に説明してくれるのが常なのだが、この展示にはガイドはいない。その代わり、ロシア語と英語の説明書が豊富に掲示されている。
友人に向かって、筆者の知識の範囲で説明を始めると、周りにいる人々から盛んに説明が飛んでくる。
「このキモノはどんなふうに着るの?裾は引きずるものなの?」
「この柄にはどんな意味があるの?」
などなど、来館者の興味にこちらが圧倒される形となってしまった。
筆者が入館したのは4時前だったが、狭い展示室の中はロシア人のほか、観光客と思しきヨーロッパ、アジア、その他世界中からやってきた人々でごった返していた。
しかし、これだけ・・・?これがなぜ「サムライ」なのだ?広告に出ていた武具類は?という印象をぬぐいきれず観覧を終えると、何のことはない、これは第2展示室「サムライの文化」展なのだ。
ただ、第2展示室だけをみて「これで終わり?」と思ってしまった早とちりは、どうやらわれわれだけではなかったようだ。
閲覧室に置かれていた感想記入帳を覗いてみると、「アリガトウ!(日本語で表記)でも展示品が少ないのが残念!」などといった感想がまま見られる。われわれがもうひとつ展示室があることに気づいて声を上げると、同時間に展示室を出てきた人々のうちの何人かも「それは気づかなかった!」と残念がっていた。
この日はすでに、第1展示場を見ることはできなかったので、日を改めて再度出陣。

第1展示場
第1展示場は第2展示場のさらに少し奥、有名なウスペンスキー聖堂などが集まる広場に位置している。
展示室の中は、第2展示室の倍の混み具合。展示品を見て、説明書を読むのに、前の人が去るのを待たなければ何も見えないといった具合である。
展示品の大部分を占めるのは、太刀、刀、脇差などの刀剣類。日本刀の美しさが十分に伝わる展示となっており、鑑賞者もみな息をつめて魅入っていた。
日ごろの展示室の様子を受付に立つ学芸員さんに聞いてみた。
問:「たいへんな賑わいですね。毎日どのくらいの来館者がありますか?」
答:「ええ、大変な人気です。毎日、(閉館日である)木曜を除いて、2000~2500人の来館者があります。週末はもう少し多いですね。日本のこういったものの大々的な展示は初めてなんです。それでみんな興味津々です。やってきては、説明をずーっと読んでるでしょう?だから展示の規模にもかかわらず、1時間、2時間は皆さん出て行かないんです。閉館時間になっても残っている人がたくさんいて・・・困ってしまうわ(笑)」
問:「しかし、これだけのものを準備するのは大変だったでしょう?」
答:「説明などは東京国立博物館側の担当です。絵葉書やパンフレットなどのお土産品はこちらで製造しました。これも大変な人気で、ほとんど完売直前です。」
一方、展覧会の感想を来館者の何人かに聞いてみた。
40代女性「非常に面白かったです。日本の芸術品の美しさは、なにかこう隠されたような、全部表には出ないようなものがあるのね。私はそれがとても気に入っています。」
50代男性「三船だ!三船の世界だね!実際に刀を見れてとても面白かった。」
50代女性「日本は車とテクノロジーだけではないんですね。日本文化の別の側面を見た気がします。」
30代男性「僕は日本が大好きで、日本語も勉強していますし、日本人の友達もいます。でも、今回の展示は・・・いや、面白いと思うし、美しいとは思います。でもわからないことが多すぎるなあ。もう一度見てみないとよくわかりません。この世界に入れない感じがしています。きっともう一度見に来ますよ。」
などなど。
こういった感想を聞いていて、筆者が期待したのは、映画、アメリカ、ヨーロッパからの影響を受けて作り上げられたロシアの中の日本イメージに新味が加わったのではないか、ということだ。
ロシア人の抱く日本文化の標準的なイメージは黒澤映画の「サムライ」、北野映画の「ヤクザ」、「ゲイシャ」、「スシ」といったところだろう。
今回の展示は外国人向けに作られたようなところがなく、日本人が見ても「日本らしさ」を感じられるようなものであった。
その一方、日本文化を知らないものにとってはいささか舌足らずな説明でもあったようだ。
日本刀には峰があって、諸刃ではないことを知らない。
美術品として展示されてはいても実用にもなる、ではどう用いられるのか?
キモノはいったいどんなふうに着るのか、などなど。
自国の文化を他者によく説明するためには、まず相手の文化を知らなくてはならない。そこで初めて相手にとってなにが興味深いのか、何を説明しなければいけないのかがわかってくる、そんなことを実感させられる展覧会であった。
ロシアでは非常に好意的な印象を持たれている日本。それがイメージだけのものでなく、実感に基づいたものになってくれればいいと願う。そのために、われわれもロシアのイメージではなく生きた生活を積極的に研究していきたい。
※ 残念ながら、展示室内の撮影は厳禁ということでしたが、展示品に興味のある方はこちらをご参照下さい(クレムリン美術館)。