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コラム:ロシア便り: 2008年8月

016:ロシアの大学生活と就職事情

 ロシアでの教育制度では「高等教育」、日本で言うところの「大学」は、従来5年制であった。

 旧ソ連時代、教育は無料で受けられるものであり、その教育のレベルは高かった。
 例えば「外国語学部」を卒業したと言えば何らかの言語を自在に操れることを意味し、「法学部」を出たと言えば法律のスペシャリストとなったことを意味した。

 しかし、現在のロシアでは大学教育の質の低下が叫ばれている。さらに近年の大学改革の結果、学科によっては4年制が導入され始めている。
 また、大学の有料化が進んでおり、現在では、授業料を払う学生と授業料免除の学生が、平均して半々といったところである。授業料が免除になるかならないかは入学試験の結果次第であるが、富裕層の子供は試験なしで授業料を払って大学に入学するとも言われる。

大学のホールの壁
大学のホールの壁には
名誉教授達の写真がいっぱい

 有利なキャリアを積める可能性が高いのは、「モスクワ国立大学」「ロシア経済アカデミー」「モスクワ国立法学アカデミー」の卒業生で、当然これらの大学の人気は高い。

 そのほか多くの大学で人気のある学部は、「医学部」「経済学部」「法学部」「精神医学」や「外国語学部」など。これらの学部では、有料で授業を受ける学生が大部分を占める。

 人気のない学部ではその逆の現象が起こる。
 地方大学で「哲学・宗教学研究学科」を受け持つアリーニン教授(53)いわく、「学生は全部で約200人。うち100人が通信教育の学生で、大学に通うのは1学期に2週間だけです。残りの約100人が対面教育を受けていますが、授業料を払っているのは2名だけです」。

 一方で、人気の学部では授業料の値上がりが激しい。
 教育関係の調査機関『レイトールРейтОР』社の調べによれば、2008年度、モスクワのいくつかの大学では人気学部の授業料を、前年比で30~60%上げたという。
 住居費も含めると、モスクワの有名大学で学ぶための費用は年間50万ルーブル(約2万2千ドル)。日本と比べるとずいぶん安いように感じられるが、ロシアの大半の家庭が支払える金額ではない。

 日本と大きく異なる大学入学の目的のひとつに、18歳からの従軍義務の延期、あるいは免除がある。
 若い男性の中には2年間の軍隊生活を忌避するために、大学院へ進学する者もいる。大学院修了者は軍事義務を免除されるからだ。

 試験制度は欧米型で、入学試験よりも年度末の試験や卒業審査が厳しい。
 年度末試験は5段階評価の口答試験で、あらかじめナンバリングされたいくつかの質問が用意され、学生はそれに答える準備をする。試験当日には、個々人がくじのようなチケットを引き、そこに書かれた番号の質問に答えると言うものである。
 2以下の評価がつけば再試験。それにも通らないと退学となることもある。

 卒業審査のためには、論文を書く。教授陣による審査と、口頭試問があり、それに合格すると晴れて卒業となる。

大学の入口では学生証がチェックされる
大学の入口では
学生証がチェックされる

 大学卒業後の就職についてはどうであろうか。

 卒業後半年間は働かないで「様子見」をするという学生がモスクワでは15.1%、その他の地方都市では18.7%に上る。
 社会保険省の調べでは、専門知識を身につけた若者の就業率が低下しており、1993年に85.7%だったその就業率は、2004年には78%まで低下した。

 人気の就職先は、卸売業、小売業、外食産業、金融業、保険業、マネージメント、建設業、メーカー。
 50%以上が知人や親戚、つまりコネを通じて就職するため、日本のいわゆる「就職活動」に当たるシステムは存在しない。

 モスクワで80%、ペテルブルグでは43%、地方都市のノボシビルスクでは25%の学生が初任給に2万ルーブル(約870ドル)以上を期待する。これは、モスクワでは中堅専門職、地方都市で言えば、大学教授や法律家、銀行員などが受け取る給料に値する。
 人事部職員に対するアンケート(モスクワ、2007年)では、彼らが若手職員に対して支払う用意のある平均的な給料は1万5千~2万ルーブルだという。

 これらを伝える記事の多くは、「能力もないのに、野心ばかり高く、コネでなんとかいい給料の出る仕事を見つけようとする若者」像を描きだし、批判的である。

 そこで、学生の生の声を集めてみた(以下、仮名)。

エヴゲーニヤ(21歳、女性、ウラジーミル、哲学科)

 エヴゲーニヤはこの7月、国立大学を卒業。学費免除の学生で自宅通学。学業と並行して2年間にわたり自分の専任の教授付のアシスタントの仕事を続けている。

Q.卒業おめでとうございます。早速ですが、卒業後のあなたの計画を教えていただけますか?
A.ありがとうございます。私はこのまま大学でアシスタントの仕事を続けながら、大学院に入学する予定です。私は自分の専門に近い仕事をしたいと思ってますし、そのためには何か教える仕事がいいと思ったんです。

Q.あなたのお友達はどんな仕事についていますか?あるいはどんな仕事を希望していますか?
A.希望ということであれば、教師が多いですね。私の友達はみんな自分の希望に近い職をみつけました。

Q.仕事はどうやって見つけるのですか?一般企業の場合についてもご存知でしたら教えてください。
A.自分で探します。学校で働きたかったら、自分でそこを訪ねて行きますね。一般企業だと、大体3年生くらいから働き始めたところに勤める場合が多いように思います。大体1~3ヶ月の試用期間があって、本採用となります。

Q.つまり彼らは、勉強しながら働くわけですよね?アルバイトみたいなものはしないんですか?マクドナルドとかで?
A.うーん・・・マクドナルドはいませんねぇ。私の友達ではナイト・クラブで働いていたり、あとはお店の販売員が多いですね。平均してみんな1~2年間くらい働いている感じです。

Q.学費はみんな自分で稼ぐんですか?親からの仕送りは?
A.あんまりないです(苦笑)。18歳になってしまえば、成人したことになりますから、それで援助は終わりといったところで。もちろんくれる親もいるんでしょうけど、それは人によります。

ユーラ(31歳、男性、モスクワ、言語学部)

 ユーラは、大学院をこの春卒業した言語学のスペシャリストである。旧ソ連圏の出身で、大学入学のためにモスクワへやってきた。5ヶ国語を自由に話す有能な言語学者である。

Q.ユーラは大学生活の大半を寮で過ごしたそうですね。学生生活の思い出は?
A.モスクワは嫌いです。汚いし、みんなお金のことばかり考えてる(苦笑)。しかし、寮での生活はとても楽しかったですよ。いろいろな外国からの留学生と話し合う機会がたくさんありましたし。僕はずっと寮で暮らしていましたが、最後の1年間は下宿に移り、大家のおばさんと生活しています。1ヶ月の家賃は1万2千ルーブルととても高いのですが、学位論文を落ち着いて書ける環境が必要でした。今もそこに住んでいます。

Q.大学時代、なにか仕事はしていましたか?
A.アルバイトを時々しました。特にトルコ語の通訳のアルバイトはとても楽しかったし、割りもよかったです。トルコの企業がモスクワで見本市を開いたのですが、その手伝いをしたんです。

Q.学費や生活費は?
A.僕は学費免除の学生です。生活費は親が援助してくれています。そうでない学生も多いですが、余裕があれば援助をしたいというのが親の気持ちでしょう。

Q.学位を受けてから、すこし時間が経っていますが、今後の予定は?
A.今はアルバイトをぼちぼちしています。自分の国へ帰るかどうか、まだはっきりしません。日本でロシア語教師の仕事でも見つけられたらいいなあと思ってます。この夏、日本に行く予定です。

夏休み中の大学図書館
夏休み中の大学図書館

オクサナ(18歳、女性、モスクワ、経済学部)

 オクサナはモスクワ大学の2年生。比較的裕福な家庭の長女。大学での成績は常に優良で、両親の期待の星である。夕方7時からの授業に出る夜間学生で、この7月からは朝9時から夕方6時までの銀行での仕事を始めた。

Q.仕事を始めてから、1ヶ月が経ちましたね。学業との両立はできそうですか?
A.思ったよりも大変です。学校が始まるのは9月からなので、それまでに頑張って慣れるように努力はしています・・・。あんまり大変だったら、仕事をやめざるを得ませんが、やめたくはないです。この仕事は知人がわざわざ紹介してくれたものだし、なかなか見つかる仕事ではないんです。クレジットカードに関する相談窓口での仕事なので、行列ができることもないし、安心で簡単な仕事です。相談内容ですか?カードが使えなくなったとか、口座にお金がなくなったとか、そういうことが多いようですけど。

Q.どうして経済学部を選ばれたのですか?勉強は楽しい?
A.いい仕事に就ける可能性が高いからです。経済学の数式とか、ややこしいのはホントは嫌いだけど。それに、両親の希望もありました。いい学部に入学して、いい仕事についてほしいという。

Q.オクサナは夜間の学生ですが、どうして夜間を選ばれたのでしょう?日本だと、仕事と両立するために夜間学校に通う人がいるのですが。
A.昼間、仕事をしようと考えていたから。それに、夜間だと授業料が通常の半額になります。

Q.あなたのお友達にも、あなたと同じように仕事をしている学生は多いのでしょうか?
A.そうですね、大半が働いています。でも、レストランとか、売り子とかが多いかな。きちんとした職場で私のようにフルタイムで働いている子はあまりいません。朝から晩まで、週5日間、それに大学じゃあもたないですよ。私もいままではほとんど働いていませんでした。銀行で郵便物の封筒詰めのアルバイトをちょっとしたくらい。うーん、考えるとやっぱり9月から大変だなあ。

Q.卒業後の予定を教えてください。どのような仕事をしたいですか?お給料としてはどのくらいを希望しますか?
A.今の仕事がうまく続けば、こういう銀行業務もいいかな、なんて思っています。お給料もそんなに悪くないです。今は見習いですが、月に1万7千ルーブルもらっています。だから、大学を卒業して本格的に働くようになれば、この1.5倍は欲しいですね。

 彼らと話していて感じたのは、ロシアの若者に就職にまつわる日本のような閉塞感や焦燥感がほとんどないということだ。
 できるときに好きなだけ働く、働くのであれば好きな仕事を、いざとなれば親に頼る、今回浮かび上がってきたのはこのような若者の労働観と言えるだろうか。