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コラム:ロシア便り: 2008年12月

020:総主教アレクシー2世の死去と現代ロシア人の正教への眼差し

去る12月5日、モスクワ総主教座ロシア正教会のモスクワおよび全ルーシ総主教アレクシーII世が79歳でこの世を去った。アレクシー2世は動乱の1990年より18年にわたって総主教を務め、ロシアにおける正教会の地位の復活、国家と正教会の積極的な協力関係、ソ連時代に分裂した正教系の諸教会の関係修復や、宗教間の対話などをアピールした。メドヴェージェフ大統領、プーチン首相は即座に哀悼のコメントを発表し、葬儀が執り行われた9日はロシア全土が喪に服した。

しかし、市民の悲しみや故総主教の人生、その遺業を伝える報道の裏で、謎に包まれた部分も多い。
長らく病を患っていたアレクシー2世の死因について、ロシアの報道機関は具体的な情報の公開を行っていない。死去が報じられた5日当日、NTVではキャスターから死因を問われたウラジーミル司教が、「詳しいことは、医学的な検査を行うまではなにも言えない」と応える場面が報じられているが、その後の報道では一切触れられていない。インターネットの情報筋では交通事故説が一部ささやかれたが、真相は不明である。死亡時刻についても同様で情報が一致せず、詳細の説明は省かれたままだ。数年前、総主教の乗った車が人身事故を起こすという事件があったが、このときにもテレビでの報道はほとんどなされなかったという経緯がある。死の前日まで通常通り公務をこなしていた総主教の、突然の死の真相については実は知られていないのである。

kyokai.JPG また、葬儀までの3日間(6-8日)、総主教の遺体はモスクワのクレムリン北西に位置するハリストス救世主聖堂に安置され、総主教との別れの場が設けられた。参列した市民の数は5,000とも9,000ともいわれ、正確な数はわからないが、とにかくたくさんの人が聖堂に足を運んだ。しかし金曜日には一般市民への扉は開かれず、行列に並んだ人々は土曜日を待たねばならなかった。最寄の地下鉄駅クロポトキンスカヤでは、出入り口が制限されて多数の警官が交通整理に当たる中で、大きな混乱もなく人々は菊やバラの花を手に、静かに行列に並んでいた。

日本では、ロシアがキリスト教国であるという認識は薄いかもしれない。ロシアはキエフ・ルーシと呼ばれた時代の10世紀末、東方正教を受け入れてからキリスト教国である。ロシア語で「農民」を意味するクレスチヤーニン(Крестьянин)は「キリスト教徒」 (フリスチヤーニン Христианин)という言葉から生じたことからもわかるように、ルーシの諸公国の農民はほぼ100%ロシア正教徒であった。しかしロシア帝国の版図の拡大に伴って、帝国の臣民の信教も多種多様になっていく。東方正教はロシア正教ばかりではなくグルジアやアルメニアにも独自の教会があったし、ドイツ人移植者やバルト住人はプロテスタントを、ポーランドではカトリックを、タタールや中央アジアの諸民族はイスラム教を信仰し、また西部諸県にはユダヤ人の大きなコミュニティーがあり、東方には仏教徒がいた。だが、国家宗教としてのロシア正教の位置は揺ぎないものであった。それは独自の権力として強大であったという意味ではなく、むしろその反対で、国家権力に完全に組み込まれた教会だったからである。ピョートル大帝の時代にロシア正教会は総主教を廃止されて独立したシステムとして解体、一国家機関と化した。「公定ナショナリズム」としてよく知られているように、ニコライI世下の文部大臣ウヴァーロフ伯はロシア帝国のアイデンティティとして「専制・正教・国民性」をあげた。

molitva.jpg 1917年の革命の後、マルクスの「宗教は人民のアヘン」という定義にのっとって、ソヴィエト連邦は「無神論」国家を標榜した。特に20-30年代、それからフルシチョフ時代の50年代末から60年代半ばまでにかけて、多くの寺院や宗教コミュニティーが破壊された。ところで、キリスト教国で「無神論者」を名乗ることは、神を否定する思想と結び付けられる可能性がある。したがって特定の宗教を信じているわけではないが、お寺のお守りはなんとなくもっているし、初詣には神社に出向く、という「無宗教」の人が「無心論者」を名乗ると、信心深いロシア人との間に頓珍漢な議論を招いてしまうことがあるので、注意する必要がある。革命以前の信心深いロシアと無神論のソ連。しかし、この二項対立は公的な政策という面では意味をもっていても、実はそうではないのだ、という議論も最近では人気だ。「ロシアが本当の意味で無神論国家だったことはいまだかつて一度もない」というものから、「第二次世界大戦の際には、聖なるイコンを満載した飛行機が秘密裡にモスクワを旋回し、ファシストから首都を守った」、「スターリンは正教徒」(スターリンは神学校で教育を受けた)などなど。

すでにお気づきの方もあるだろうが、ロシア正教は宗教であると同時に、かつては無神論がそうであったのとほとんど同じ意味で国家イデオロギーであるのだ。現在の社会学調査によれば、ロシア正教の「信者」を自認する人は市民の60%以上に上る。しかしこのうち定期的に教会に通う、聖餐を受ける、斎戒を守るなどの伝統的な意味での「信者」に当てはまる人間は10%前後で、ソ連時代のそれを少し上回る程度なのである。現代ロシアの「正教徒」は、聖書や典礼を知らない信者はさることながら、「共産主義者で正教徒」や「キリスト教徒ではないが正教徒」などさまざまなのである。これを「ナショナリズム」の高揚と名づけることもできようが、ソ連時代に「無神論」を声高々と謳っていた人々の現在の正教賛歌を聴くとき、これも国家イデオロギー信仰の一環であることが垣間見られよう。