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コラム:ロシア便り: 2009年7月

026:第17回「白夜のスター」国際音楽祭

 サンクト・ペテルブルグはしばしば「芸術の都」と呼ばれるが、そうした呼び名も誇張とはいえない。この街はさまざまな文学作品の舞台になってきたし、エルミタージュやロシア美術館もある。前回も述べたように、街の景観はとても美しい。そして音楽方面では、現在世界でも最も忙しい指揮者とされるワレリー・ゲルギエフの本拠地でもある。今日は、そのゲルギエフが中心となって行われる「白夜のスター(звезды белых ночей/stars of the white nights)」国際音楽祭の模様を書かせていただく。


                                                                                      コンサートホール入口.JPG今年で17回目を迎えるこの音楽祭は、5月21日から7月19日までの60日間にわたって開催された。この間毎日、マリインスキー劇場とマリインスキー劇場付属のコンサートホールで、コンサート、バレエ、オペラが催された。両方の会場で同時に何らかの公演が行われている日も多く、マリインスキー劇場が稼働しない日は3日、コンサートホールが稼働しない日は16日に過ぎない。公演数はのべ105に上る。同じ会場で1日に2回公演がある日も4日ある。もちろん観客の中には外国人も多く、会場に足を運べば英語、ドイツ語、フランス語、中国語など、ロシア語以外の言語による会話を必ず耳にすることになる。


 2つの会場は、歩いて5分ほどの距離にある。マリインスキー劇場は帝政期からあるロシアを代表するオペラハウスだが、ソ連時代はキーロフ歌劇場という名前だったので、「キーロフ」と呼んだほうがなじみがある方もいるだろう。建物も歴史を感じさせる風情がある。一方、コンサートホールのほうは、2003年の火災を機に新しく建てなおされたもので、音響設計は日本の豊田泰久氏が担当している。
国際音楽祭であるから、もちろん国外からの参加もある。ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団(昨年も参加)、フィンランド歌劇場、スペイン国立バレエ団、中国出身のピアニスト、ラン・ランなどが代表的な例である。


 ただそれでも、大部分の公演を担っているのはマリインスキー劇場のオーケストラ、歌手、バレエ団であり、のべ91公演ある。中でも音楽監督であるゲルギエフの出演回数には目を見張るものがあり、全部で27公演を指揮した。中には7月5日のように、午後3時から9時20分までマリインスキー劇場でワーグナーのオペラ「ワルキューレ」を振った後、午後10時過ぎからコンサートホールでアンナ・ネトレプコのガラコンサートを振る(しかも前日も翌日もオペラを振る)というふうに、1日に2公演もこなしてしまう日が3日もあった。


コンサートホール.JPG もちろんゲルギエフが頑張っても、他のメンバーが着いてこなければ意味がないのだが、60日間でこれだけの公演をこせる背景として、オーケストラの団員が非常に多いということが挙げられる。今、手元に2007年度のマリインスキー劇場のメンバー表があるが、オーケストラの団員数は236名である。これは、日本を代表するオーケストラであるNHK交響楽団の2倍以上の団員数である。ほかにも合唱団が114名、ソロ歌手が87名、ダンサーが232名(うちプリンシパルは13名)となっており、さらにこれに、さまざまな指揮者、指導者、裏方が加わる。こうした大所帯だからこそ、集中的に多くの公演をこなせるのである。


 もう1つ、短期間にこれだけの公演をこなせる理由として、演目の多くが既に何度もマリインスキー劇場で取りあげてきたものであるということが挙げられる。特にオペラやバレエの場合、同じ演目をその劇場のレパートリーとして何年も取りあげ続けるのは、世界的に一般的なことである。これは一つのプロダクションを時間をかけて練りあげていくということ以外に、衣装や舞台装置に非常にお金がかかるため、1回の公演が終わっただけでそれらを廃棄してしまうのは割に合わないという、経済的理由も絡んでいる。


 次にチケットの値段に話を移すと、これは音楽祭の時期に限ったことではないが、チケットが日本に比べてずっと安価なのも魅力である。たとえば2006年のマリインスキー劇場の来日公演で披露された、ワーグナーの「ニーベルングの指環」4部作(4日間続けて演奏される連作オペラ)は、日本公演だと一日あたり、学生券でも6000円、一般の最も安い席でも9000円だったが、こちらだと最も高い席でも3200ルーブルに過ぎない。しかもこれは外国人用の値段であり、ロシア在住者であれば1400ルーブルになる。ラン・ランやアンナ・ネトレプコのような人気アーティストが出演する場合、最も良い席だとロシア在住者でも2000ルーブルほどに跳ねあがるが、基本的には日本よりもずっと安い。


                                                                                      マリインスキー 劇場.JPGもちろんこの音楽祭には、さまざまな大企業がスポンサーについており、もともとマリインスキー劇場の主要スポンサーであるVTB(外貿銀行)を筆頭に、ガスプロム、ズベルバンク、日本のJTIなど計14社が名を連ねている。また「ニーベルングの指環」のような音楽祭の目玉となる大掛かりな催しに関しては、ダイムラー・クライスラーも後援していたりする。前回のコラムの最後で、経済的側面と社会的文化的側面の絡みあいということを述べたが、居並ぶ豪華なスポンサーの数々を眺めていると、「白夜のスター」音楽祭には芸術的意義のみならず、大きな経済的な意味もあると思われる。


                                                 

 筆者も2ヶ月間音楽祭を堪能したが、非常に感激した公演もあれば、期待外れの演奏もあった。正直なところ、音楽祭の終盤は、マリインスキーのオーケストラの音が荒れ気味だったように思う。いくらメンバーが多いとはいえ、さすがにハードスケジュールだったのだろう。しかし音楽祭の後は、8月上旬までマリインスキー劇場でオペラとバレエの公演が行われ(コンサートホールのほうは休業)、その後は9月の末まで1月以上の夏休みに入る。その間にリフレッシュして、またいい演奏を聞かせてくれればと思っている。

2009_07_22 O