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コラム:ロシア便り: 2010年5月

036:ロシアでの生活における映画の楽しみ

そんなに映画に詳しくない人でも、ロシアがソ連時代から映画大国であるということは、何となく想像がつくのではないかと思う。サイレント時代に作られた「戦艦ポチョムキン」は、その後の世界中の映画に大きな影響を与えたし、戦後はアンドレイ・タルコフスキーやアレクサンドル・ソクーロフなどの世界的な映画監督を輩出している。最近の例では、ニキータ・ミハルコフ監督の「12人の怒れる男」(原題:12、日本公開:2008年)が世界的に話題になり、様々な議論を呼びおこした。


Kinotheatre1.JPGソ連崩壊後、ロシア映画は失速気味であると言われる。真偽のほどはともかくとして、現代ロシアの映画監督にとって、ソ連時代の遺産に挑戦するのは確かに一苦労かもしれないと思うことが、ロシアに生活しているとある。たとえば、ロシア映画好きの間ではよく知られている「運命の皮肉」(1975年、エリダル・リャザノフ監督)という作品があるが、これは作品の設定に従って、毎年大晦日にテレビで放映される。そのほかにも、リャザノフ監督の他の作品や、「モスクワは涙を信じない」(1979年)や「コーカサスの女虜」(1966年)等々、テレビなどで繰り返し放送されているソ連映画がいくつもある。ラジオをつけていると、これらの映画の歌が流れてくることもよくある話で、こうした映画はいわばプーシキンやドストエフスキーの古典文学と同じように、ロシア人の「教養」の一部になっているのだ。おそらくソ連という特殊な環境の影響もあったのだろうが、ここまで社会に浸透する映画を撮るのは、現代ロシアの監督には少し難しいかもしれない。


ロシア社会の映画への思い入れようを実感したのは、筆者の場合、5月2日から5日にかけてペテルブルグで開かれたサンクト・ペテルブルグ国際映画フォーラムである。特にコンペティションなどはなく、公開済みの作品が多く含まれていたが、4日間で延べ80以上の作品が上映された。ちょうど対独戦勝記念日の直前であり、独ソ戦終結65周年ということもあって、戦争に関する映画ばかりが集められた。ただし第二次世界大戦に限らず、他の戦争に関するもの(今年のアカデミー賞を受賞した「ハート・ロッカー」など)も含まれる。


フォーラムの期間中は、街の中心部にある4つの映画館のみならず、ミハイロフスキー劇場でも舞台上に大きなスクリーンが設営され、映画が上映された。また宮殿広場など、3つの屋外上映場が設けられ、ソ連時代に作られたモノクロの戦争映画が上映されていた。


驚いたのは、どこに行っても入場料が無料だったことである。立派な冊子が会場で配布されていたが、これも無料だった。ズベルバンク、ガスプロム、グランド・ホテル・ヨーロッパがメインのスポンサーであるとはいえ、一体会計はどうなっているのだろうかと思う。そのせいか、多くの作品では会場が満席に近かった。来年以降も開催するのだろうか。


Brocheur1.JPG映画館に足を運ぶと、ロシアと日本では観賞の姿勢がいささか違うことを実感する。たとえば、ロシア人は面白くないと感じると、上映中であっても平気で退席する。このことはクラシックのコンサートでも同じである。また日本ではエンドロールが終わるまで席について観賞する人が多いが、ロシアでは本篇が終わると、エンドロールの最中に客席が明るくなって、客もどんどん退席していく。そういえばテレビで映画を流す際も、エンドロールの部分は早送りになっていたり、カットされたりしていることが多い。


 

またフォーラムで、旧ユーゴスラビアの内戦を扱った2008年のクロアチア映画「No One's Son」を見にいった時のこと、どうやらこの映画はロシアで未公開だったらしく(おそらく日本でも未公開)、字幕は英語だった。そこでクロアチア語の会話に合わせて、映画館のスタッフの一人がロシア語の訳をマイクで読みあげるという方式を取っていた。日本だったら観客が激怒しそうなやり方だが、実はロシアで外国の映画を流す際、原語の会話を消さずに、そこにそのまま棒読みの訳をかぶせるという方式をしばしば取っている。昔ロシアのテレビで黒澤明の「用心棒」を見た際、やはりこのやり方を取っていた。ただ最近では、もとの音声がそのまま残っていることはしばしばあるが、棒読みは大分ましになってきたように思う。ちなみにDVD(街中で売っている)や映画館で見る場合はともかく、テレビで外国語の映画を流す場合、字幕ということはまずない。ほぼすべて吹き替えである(前述のように不完全なものも含む)。

クラシックのコンサートに行っても映画館に行っても、日本の常識から見た場合、ロシア人はいささかセンスがないと思うことがある。一方、ロシア人から見たら日本人の考え方はいささか神経質すぎると思われることがあるだろう。こういう場合は、「郷に入れば郷に従え」ということで、その国のマナーに従って作品を楽しむ柔軟性が必要だ。

 

Advertisement1.JPG2010年5月24日 O